恵泉女学園大学チャペル・コンサート

ブログ上でもお知らせさせていただいた、恵泉女学園大学での演奏会の日記です。

練習は演奏会5日前の火曜日。

モノレールで多摩センター駅に到着して、指定の場所に歩いて行くと、歩道橋のようになっているところの階段に、きちんと2列に並んでいる女の子たちがいる。

「何だろう?」と思いつつ、列の先頭へ行くと、「恵泉女学園大学行き」と表示されたバスが止まっている。近づいてみると、まだ発車時刻ではなさそうなのですが実は満席らしい。

ということは階段の列は次のバスを待っているのであろう!

ということをとっさに想像した自分はまだちゃんと日本人に違いない。
このような無言の秩序をベルギーで見たことがないので、最後尾に着いて並んでみながら、かなりわくわくしました。実際、少しすると次のバスが到着し、若々しい賑々しい女の子たちと一緒にバスに乗車。バスの前方の壁には

「お菓子の空き箱やちりがみはゴミ箱へ入れて下さい」

みたいな張り紙があって、「お菓子?!学校に持ってくるんだ!」とか「ちり紙!?可愛い」

とか、ひとりで面白くてたまらなかったけれど、誰も一緒に面白がってくれる人がいなくて残念だったので、ここに書けて良かったです。バスの中の張り紙には「お花」や「小鳥」の絵柄のものもあり、その張り紙がカラー印刷だったりするのも、私には感動でした。

注意事項は筆でわら半紙にきつめの語調で書いてあるのが学校、というイメージ…ありませんか?!私だけか?都立とは違う…(そりゃあ違うわな)


学校に着くと、チャペルは左の奥の方にあります。道を曲がって行くと、テラスからガラスの入り口へ通じていました。

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ちょうどお昼の礼拝が終わるところで、先生(教授?)が説教をされていました。その時間は授業がちょうどないように時間割が組まれているそうです。

礼拝の後奏を終えたオルガニストの関本さんに会いにオルガン台に上ると、まず右にチャペル内が見下ろせました。

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そして左の奥には




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オルガン。





こんにちは!




これから弾くオルガンに出会う瞬間。





最初に何を思うか?






「さわりたい!」






まるで恋人や、人間と同じですね…




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そしてこの鍵盤。




「さわってくださいナ…」





と誘惑して来る、見て下さいこの美しい鍵盤を…。





左側のストップと、

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右側のストップ。

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どの部分も、人間が触るのに適した形、触ったときに気持ち良い形状を、最上の木材で仕上げてあるオルガン。
そうしたオルガンは200年、300年たっても同じように美しいものですが、このライル製のオルガンはまだ新しいので、見た目も初々しい。


オルガンの横に立ってペダル鍵盤を見たところ。


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ペダル鍵盤の黒鍵の長さなど、オルガンによっていろいろ一番ちがうのがペダル部分なのですが、最初に立ったままで見たときの印象が記憶されると、弾いている間はもう見なくても大丈夫なので、一瞬じっと見ます。



お昼少し前から始めて、途中で母教会の引退された牧師先生がたまたま近所にお住まいだったのでお昼をごちそうになったりして、夜まで練習させていただき、レジストレーションも決まり、鉛筆で下書きしました。この演奏会は前半、後半と長いので「音決め」もたくさんあります。基本的にバロックオルガン様式の楽器なので、レジストレーションは全て手動のため、アシスタントをお願いするので、楽譜にストップ変更の表示(音を入れ替える場所に、右左で色違いのポストイットを貼る)の宿題は持ち帰りました。



さて、10月23日(土)当日は台風が直撃する予報が出ていたので、前日の練習後は、大事を取って宿泊することになりました。オルガンのすぐそばに泊まれるということは、精神衛生上、素晴らしいことです。当日、時間通りに会場に入れなかったらどうしよう、というストレスが、コンサート関連ではつきものです。何故そこまで心配してしまうか、というぐらい、いつもどこでも、心配になります。


雨や風の心配をしていたのですが、午後からは末次さんもアシスタントのリハーサルに無事に来て下さり、最後の曲は関本さんとオルガンの両側で息を合わせながらストップを変える練習。なんとか台風は逸れてくれそうな感じに。この日の練習も朝から夜までみっちりありましたが、休憩時間にはお弁当やコーヒー&お菓子を出していただき、本当に助かりました。そして夕方小腹がすいたころには、なんと日本茶と焼きたてのしいたけまで出てきて、びっくり!そこで私は、恵泉の短大時代にはその園芸科が全国的に有名だったこと、その歴史、今でも必修の園芸の授業と自家菜園のことなどを聞いたのでした。しいたけは分厚く、みずみずしく、果物のような美味しさでした。




おいしい野菜を食べ足りないかのように…夜は夜で夕食に誘っていただいて、




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出ました、ごちそう!



これ、全て無農薬野菜だそうです。



食べるとわかる、無農薬野菜。




お店が閉まりそうになるまでたくさんお喋りしてしまいました。

畑deキッチンというお店です。喋りすぎて味がわからなかったりすることが私はままあるのですが、ここはいくら喋っても、「あ、これ美味しい!」「あ、これも美味しい!」と、ふたりで合いの手の様に言いながらいただいたので、カゴの形のお盆のせいでもないと思いますが、「美味しい」の「玉入れ」でもしているみたいでした。



ホテルではお風呂につかったあとゆっくり休んだ…のですが朝2時11分(何故か日記に時間が書いてある…)に大きく揺れて、ホテルの8階だったのでぐらあ〜と来て焦りました。そんな時、スマートフォンにすぐに「震度…の地震がありました…」などと速報が出るのを初めて見たのですが、お陰で寝ぼけ頭もちょっと安心できました。


当日は灰色の雨降りでしたが、台風は来なかったので感謝しつつ、最後の「恵泉バス通勤」。演奏会は午後だったので、本当にあっという間でした。


入り口のウェルカム・ボード。

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田楽の美味しい、ベジタリアンのお弁当(消化も良いし、最高のチョイスでした!)。

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マイクを持って出て、少し解説しながら前半、後半、と弾きましたが、後半、ちいさなスマホのスカイプ通信を利用して、ベルギーの夫にも聴いてもらえたことが私としては今回の目玉でした。


「オルガンの素晴らしい音色がよく伝わって来たよ!」と、終了後、朝9時半のベルギーから、夫はメッセージをくれました。


末次さん、アシスタントご苦労様でした!本当に助かりました。ありがとうございました!


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そして、関本さん。もとい、もこちゃん。高校時代からの知り合いだけれど、随分ながい時間がたって、それぞれの場所でそれぞれのオルガンを弾き続けて来た結果、こうしてまた再会して音楽の時間をわかちあえました。オルガンというものに何故か惹かれて弾き始めた高校時代と同じぐらい、わたしたちはあいかわらずオルガンが好きなんだよね…ずっと好きなことを続けてこられてなんて幸せなのだろう…ということをとても強く感じました。


すばらしいサポート、本当にどうもありがとうございました!恵泉はとてもすてきな学校ですね。
また会えますように!

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最後に。


国立のぞみ教会の牧師だった朝山正治先生が、演奏会のあと「Unser Vater われらの父よ」という文章を書いて下さったので、ここに掲載させていただきます。
(先生は現在、「聖書友の会(多摩ニュータウンみどりの教会)」を主催していらっしゃいます)


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2013年11月3日
一人の芸術家が彼または彼女の技量に磨きをかけていくプロセスには常人のはかり知ることのできない日々の節制と修練があるに違いないのだけれども、そのようなところを微塵も感じさせないところに国分桃代さんの天性の人柄と才能があるのかもしれない。とにかく、先日の恵泉女学園チャペルコンサートでの彼女のオルガン演奏は、私ごときが言うのはおこがましいかぎりだが、彼女のオルガン奏者としての確かな技量を存分に発揮する見事なものであった。クリアでゴージャスな音を響かせるチャペルのオルガンを自在に操り、<ベルギーのオルガン音楽>を中心にバッハもコンテンポラリーな曲も交え、たった一人での多彩な演奏を披露してくれた。聴くものはみな心からの大きな拍手で感動と謝意を表した。▼わたしの心の深いところに突き刺さるように浸透しその残響を今もとどめているのは、桃代さんの最良の理解者であり伴侶でもある当代きってのオルガン奏者グザヴィエ・ドゥプレさんが作曲した「神はわがやぐら」の演奏だった。▼それは、心地よいメロディアスな音楽から遠く離れた、間違っているかもしれないけれども、わたしにはあのムンクの「叫び」を思わせるような曲であった。ただし、この曲は絶望に終わる曲ではない。深い苦悩と葛藤の先に見える確かな希望を指し示しているのだ。▼カトリックの伝統を引き継ぐブリュッセル大聖堂の主任オルガン奏者があえてルターの宗教改革の歌を懐深く受け止め、そこからも一つの新しい歌を紡ぎだした。それはプロテスタントの信徒である桃代夫人への最大の贈り物ではなかっただろうか。カトリック教会に対して抱いていた一面的な偏見がわたしの内で氷解して行くのを感じた。▼われわれプロテスタントの教会も、いまやカトリックの教会に劣らぬほどに複雑な歴史の重荷を負って苦しんでいる。これを克服する道はどこにあるのか。新しいシステムを創設する必要などない。カトリック、プロテスタントに限らず、多様なそれぞれの帰属性を放棄する必要もない。気がつきさえすれば、天を仰ぎともに、「われらの父よ」("Unser Vater")と呼ぶ「主の祈りの教会」がここにある。勝手な思い込みかもしれないけれども、桃代さんの演奏による<トリオ「神はわがやぐら」((2013)>によって、わたしの心は大いに慰められ、励まされたのである。


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夫グザヴィエの書いた「神はわがやぐら」は、まだ初演から2回目なので、新しく、鋭角的な部分が多々残っていたと思います。また来年も、再来年も弾いて行くうちに、私の演奏も深く掘り下げたものになっていき、聴く人にも「ああ、わかりやすい。」ともっと感じてもらえるようなものに変化していくと思います。

でもその初演に近い演奏の中から先生が慰め、励ましを受け取られたということが、先生の文章で私にも伝わり、そのことが私には慰め、励ましになりました。

音楽も、おいしいお料理のように、「玉入れ」のように希望のようなものを投げ合って行くものなのかもしれません。そのことを信じられる気がした、恵泉での体験でした。


当日悪天候を押して聴きに来て下さった皆さん、

長いブログを読んで下さった皆さん、

ありがとうございました!

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追記。

以前書いていたおるがにすとクロニクルのような、写真日記を書いてみました。こちらのFCブログは普通の写真を小さくしてアップロードする方式らしいので(他の方法もあるのだろうか…)、その点エキサイトブログの簡便さが懐かしくなったりもしますが、こちらはアップする枚数の制限がないお陰で、ひとつの記事に。本当なら数回に分けて書くべきなのでしょうけれど、いろいろ予定が目白押しな12月なので、一気に書いてしまいました〜。

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