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冬眠からさめる日

  • 2015.03.14
写真



明らかに春の陽光に包まれつつあるブリュッセルです!
久しぶりになってしまいましたが…
みなさんお元気ですか。


この冬は、雪もちらついた程度で「極寒」という印象はありませんでした。
かといって過ごしやすかったかというとそうでもない。



ネコの手術のせいもあるのか、自分にはつらく長い冬だった気がします。




でも不思議なことに、冬が終わるまで、それは意識に上がらなかったこと。
4ヶ月の間つらく感じていなかったものを、いまになって急につらかったと感じるということは、
既にそれが過ぎ去ったのだ、と思います。




「つらかったわ〜」と今言うことで、
「この4ヶ月は良いことは何もできなかった」というよりは、
「なんとか乗り切ったんだよ!」と肯定したいです。




2月には10日間里帰りできて、初めて松山に行ったり。
最後の方は動きもあったのですが、私は船に載せてもらってそのまま帰って来たような気持ち。
(それはそれでとても楽しかったのです。)


しかし、なんというか、非常に受け身な!

できれば、じっとしていたい内心に従っていたら多分どこにも出て行かなかったでしょう。



これを私は2014−15年冬眠と名付けたいけれど、



その身体的原因は更年期による体力の低下なのかもしれないし、
(娘が18歳になったことで)世代交代による一時的な精神的隠居なのかもしれないし、
結婚して20年目の、安定と言う名前の停滞なのかもしれません。



つらかったという認識がどこからくるのかといえば、

「今日もここまでしか出来なかった」(自分比)

という気持ちで毎日眠りについていたことが大きいです。



多分、充電49パーセントみたいな心で現状維持していく枯渇感があった。

もちろん、それに対処するために、体力をつけようとか栄養のあるものを食べようとか、
そういう行動を取る事も可能だったのかもしれないけれど、



その「足りなさ」に合わせて生きてみた、

それはなかなかつらいことであった、

自分の変調というものを受け入れるのは並大抵のことではないと実感した、



それが最終的にはこの冬の収穫なのかなと、思います。



そして、「これ」に名前をつけられなくて、苦しかったのかもしれないです。



「風邪」とか「インフルエンザ」とか「高熱」とか、名前がつけられるちいさな変調に、
「心が休業になっていること」を少しずつ赦されながら、ヴィールスに逆に癒されながら。



風にはためく「のれん」は、「のれんに腕押し。」とか、ろくでもないもののようにも言われますが、


上の方は竹ひご(?)にしっかりつながっているため、腕押しされたあとまたもとに戻ってきます。


自分自身のイメージがのれんに重なる春が来ようとは、若いころの自分は想像もしていなかったけれど、

のれんだって頑張っているんだから、


私も店先にちゃんとひっかかっている人でいようと。


なぜ店先なのかはいまひとつわからないのですが…

玄関マットよりは春らしいかと。
(いちおう、村上春樹ジョークです、念のため。)


店のなかで率先して立ち働いていた自分が、いつのまにか違うポジションを与えられたような気分なのでしょうかね。一体なぜここで私はみなさんにのれんの話を持ち出しているのか…そのうちまたわかる日がくるのだろうと思います。



来週からまたブログも更新して行きますので、また読みに来てくださいね〜!



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