翠が丘教会での音楽夕礼拝(3)

翠が丘教会での音楽夕礼拝(1)

翠が丘教会での音楽夕礼拝(2)
の続きです。

(1)も(2)も「乞うご期待〜!」とか書いておきながら…飛んで、ひと月後の
(3)になってしまいました。

…ため過ぎでしょう!

というか、皆さん何の話だかきっとお忘れでしょうし…

第一、自分の記憶が…



しかし、

日記帳をばっ!と開けば、記憶はすぐによみがえるのだ!わはは。



…と思って日記帳を開いたら、なんと、

起きた時間、練習、弾いた時間、寝た時間のみ

の記載になっておりました。


そこで、神奈川県相模原市、翠が丘教会の井殿(いでん)牧師にお願いして、夕礼拝当日のプログラムと解説を転載させていただくことにしました。


(この教会は、サイトを見ていただくとわかりますが、幼稚園を併設していて、とても明るく楽しい雰囲気の教会です。オルガンも素敵だし、ご近所で教会をお探しの方はぜひ足をお運び下さい)



翠が丘教会1


翠が丘教会3

礼拝の中で、讃美歌の奏楽をしながら、お説教の前に30分のオルガン演奏をさせていただく(写真2枚目の内容)という形で行われました。

18時、夕礼拝の時間になると、教会堂は満員になり、私はその熱気にすっかり暖められていました。
そして、前奏のあと、招きの詩編の朗読があり、最初の讃美歌を歌うために皆さんが起立すると、座っているのは私だけになり、空気が変わり、音響が変化しました。井殿牧師は、

「オルガン伴奏は、ばーんと大きい音で行っちゃって、大丈夫です。
僕はその方が好きです。」

と、前もっておっしゃっていたので、「子羊をば、ほめたたえよ」という、
ロンドンでも弾いていた英国国教会のThe New English Hymnal352番の、
日本語翻訳ヴァージョンを、イギリスを思い出しながら伴奏しました。

この讃美歌は「讃美歌21」の中では358番になっていて、番号もほとんど同じなら、和声もオリジナルヴァージョンと同じものになっていたので、同じような気持ちで弾くことができました。日本語でも同じテンポで大丈夫だったという感触です。

♫こひつじをば、ほめたたえよ!
♫Crown him with many crowns, The Lamb upon his throne,

というわけで、12の音節を書き表すと、日本語は実に文字数が少ない…
ほぼ半分ですね。

(日本語の讃美歌は原典が外国語の場合、外国よりテンポを速く歌っていることが多いように感じるのは、
そのため?)

この讃美歌は、英語だと、全然速くは歌えない歌詞が延々と続くので、
舌かんじゃいそうですが、良い英語の勉強にはなるかもしれないし、
やってみたい方は歌ってみて下さい〜!

もちろん、日本語では少し早めのテンポでないと、息継ぎが難しい、という問題もあると思うので、
(日本語は通常、比較的息を浅く吸いながら喋ると思われるため)
早めのテンポになるのはある意味当たり前のことだと思います。

でも英語ヴァージョンが音楽的にはオリジナルなので、音楽の雰囲気を正しくつかむために、
一度英語で歌ってみると「堂々とした感じ」が加味される事がわかります。

翠が丘教会4

翠が丘教会5

良い歌ですよね!
好きな歌が最初に出たので嬉しかったです。

(教会に毎週行く方はきっと経験がおありだと思うのですが、
その日に好きな讃美歌が出ると、その日曜日はタイヘン幸せなものです。
「讃美歌21」なら580曲も入っているので、なかなか「当たる」確率は低い。)

転調が、めっちゃイギリス〜!!

聖句も、コリント第2、なかなか強烈で良かったです。

そして、お説教の「前」に30分弾かせてもらえたので、助かりました。
これでお説教のあとだと、聞いた事をふまえて、ある意味演奏に取り入れて解釈しなおす、というような
部分も出て来てしまうので、あまりきちんと説教を聞くと、うまく弾けなくなりそうなところでした。

逆に、オルガンを30分聴いていただいたことをふまえて井殿先生は30分ほどのお説教をして下さいました。

このように、時間をたっぷりつかって、夕礼拝を守るという事は実に贅沢な事だな〜と、振り返って思います。

また、会衆のみなさんの素晴らしく力強い賛美の声は、時に声部に分かれて、とても美しく、リズムも良く、
わたしもオルガンで共に賛美することを本当に楽しめました。
心が一緒になったような、気持ちになりました。

解説を↓ここに転載しますが、長くなりますので演奏会後のことなどは、
また続きを書きます!

…乞うご期待(こうなったら、あとブログ数回分行くかな…)!!!!????…

*******

ヨハン・ゼバスチャン・バッハのオルガンのための「前奏曲とフーガ」は、20曲あまりが今日に残されています。その中でも二つの作品は、「前奏曲とフーガ」と同じ手法で書かれいるにも拘らず、「幻想曲(ファンタジー)とフーガ」という題が付けられています。バッハのチェンバロ作品では、即興的な様式の「前奏曲」が「幻想曲」と題されていることから、オルガンのための「幻想曲とフーガ」も、バッハがオルガンに向かって即興しているときに思いついた発想を土台にして書き始められたものなのかもしれないという想像もできます。
バッハと同時代の音楽理論家、ヨハン・マッテゾン(Johann Mattheson
1681-1764)によれば「眠りの調」とも描写される、このハ短調の「幻想曲とフーガ」BWV537は、長いペダルのC音(ドの音)、「オルゲル・プンクト」が鳴ったあと、長く続くその音の上で、右手と左手の2声の対話が始まります。その緊迫感の満ちた静かな音楽は、華麗なオルガン前奏曲が多い中で、異彩を放っています。ハ短調はマタイ受難曲の最初の楽章の調でもあり、受難節第2週目の本日の音楽夕礼拝の最初の曲として選んでみました。対になるフーガは続けて演奏せず、夕礼拝の後奏として最後に演奏します。

続けて演奏する3曲のバッハの作品は、どれもコラールを題材にした作品を並べました。演奏会の中で、ヘ短調、嬰ヘ短調、ロ短調という3つの調を順番に並べることは調性的には普通は「聴きにくく、難しく感じる」並べ方ですが、マタイ、ヨハネ両受難曲の中で、バッハはあえて「お腹に響くような」転調や移調を行い、楽章間の調整関係にも巧みに半音階的なものを含めることで、独特の物語効果を上げたことを鑑みて選択しました。

「我は神より離れまじ」のコラールは受難節のための讃美歌ではなく、キリスト者の心を歌ったものとして一年中賛美に用いられるコラールです。讃美歌21では第478番「どんなものでも」として翻訳されています。ルードヴィヒ・ヘルムボルト(Ludwig Helmbold)による1563年の歌詞は、オリジナルでは第9番まであり、「なにものも私と神を離すことはありません。神は私に本当に必要なものを常にご存知だから。神と離れて過ごす時間は無駄に過ごされた時間。キリストの血によって私たちを救って下さった神をたたえます」と、主の祈りに近い文句も用いながら神を賛美しています。BWV658は、バッハ自身によって、「18のライプツィヒ・コラール」として編纂された作品集の中に含まれたコラール前奏曲です。ペダルの音は4フィートで、と表示があり、コラールのメロディーがテノール声部として現れるように書かれていて、コラールの最後の音を長く伸ばす形でオルゲル・プンクトで終わります。

「憐れみたまえ我が神よ」のコラールは、鶏が3度鳴いたあとのペテロの心を歌ったもので、マタイ受難曲では第39曲目の、あの有名なアルトのアリアでも用いられたコラールです。コラール前奏曲BWV721は、バッハが書いた中でもとても小さな作品のひとつで、その書法はこれ以上できないというぐらいシンプルなものであるともいえますが、その中には「取り返しがつかない深い哀しみ」が表れています。

「喜び迎えん、慈しみ深きイエスよ」はクリスチャン・ケイマン(Christian Keimann)による7番までのコラール(1663年)で、十字架のイエスに語りかける形式で、最初は「主よ私の挨拶を聞いて下さい」それから「優しい、慈愛のイエスよ」そして「師であり、最大の宝物であるイエス」と呼びかけて、「私の罪をあがない、死の手が私の上に及ぶ時もあなたに忠実であらせてください」と祈ります。オルガン作品BWV768では、最初に4声の和声でテーマが提示されて、11の変奏曲が続きます。コラール変奏曲形式では通常、歌詞の番号と変奏曲それぞれが呼応しているため(歌詞が7番あれば、変奏も7番ある、という具合に)、この作品も11まであるのだから讃美歌の11番までの歌詞は失われたのではないかと考えられていたこともありましたが(シュヴァイツァーのバッハ研究など)、現在では11の変奏はバッハのインスピレーションの賜物である、という考えが主流になっています。一般に、十字架のイエスを語るときに使われることばは苦渋に充ちて、重く、深刻なものが多い中、このコラールの歌詞には「イエス様という個人に語りかけている」不思議な親密感が込められていることにも呼応しているのか、バッハの変奏のスタイルも、初めはチェンバロ的で室内学的な優美さです。そこから最後のオルガン・プレーヌムまで、「テーマを与えられて公衆の面前で即興変奏して見せるバッハ」を彷彿とさせる、バロック鍵盤芸術の宝石のような作品です。

イタリアのフレスコバルディのトッカータには、チェンバロ用のものとオルガン用のものとどちらでも演奏出来るものの3つの種類がありますが、この第2巻の第4番は「オルガンのための、聖体拝領の時の曲」と明示してあります。演奏する度に、これは、オルガンにしか表現できない種類の十字架の愛の表現かもしれないと思います。

小さな「祈り」の曲は、ベルギー出身のフランクの作品。シンフォニック・オルガン用の大曲をいくつも書いたフランクですが、「ロルガニスト」という、ハルモニウムでも演奏出来る奏楽用曲集には短い即興のようなオルガン曲がたくさん残されています。

解説/国分桃代

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習慣付け…
わーい!5時10分起床!目覚まし、鳴りました(鳴るのが普通だろうが!でも我が家はふたりでひとつの目覚ましなので、気がつかずにあとから就寝した夫が、前日は早起きしないつもりで、目覚ましを寝る前に消したということが判明)。「なんで5時に起きるの?!」と夫に訊かれ、「起きたいから!」と明るく答えたら「あれえ、なんかいいねえそういうのも…」と、夫も巻き込むかと思われたのですが、彼は今日のところは7時に起きたいということで、起きた私が更に7時にセットして目覚まし時計を向こう側に置いておいて解決(ややこしいな)。
なんだかんだいろいろできましたよぅ!!嬉しい。

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