3月11日によせて

「ほぼ日新聞」の本日の記事を、時間が出来たらゆっくり読もう、と斜め読みしましたが、わたしたち、オルガニストに今できることは何か…それを考える上で参考になる部分が多々あります。

(糸井さんは、「仕事」について、意識改革を推進している方なので、「お金はもらわない」という意味でのボランティアの定義とは噛み合ない部分もありますが、自分の畑ではない分野も含めて、求められている仕事を全うしにいく、という部分での東北復興のためのボランティア、と狭義に考えてここではボランティアということばを使います。)

わたし個人は、オルガニストで、海外に住んでいる。その条件でも、復興のボランティアをするのに「役に立てる」人間になれたら…その可能性について、考え直す時間なのだと強く感じます。

私は出発準備もあり、昨日のブリュッセルでの復興チャリティーコンサートには行けなかったのですが、行ったはずの友人が

「満員御礼で、聴けないで帰って来た!でもそれはそれで素晴らしいからしようがないワ」

とメッセージを送って来たので、きっと3月11日を忘れない日にするという演奏会は成功裏に終わったのにちがいありません。

知名度の高い演奏家の人たちが毎年このような演奏会を企画してくれる、ということじたい、稀なことだし、ブリュッセル在住の人たちはヴァイオリニストの堀込さんという、地元のコンクール(王妃エリザベート)で優勝した日本の演奏家を今でも「うちのホリゴメさん」というふうに大事に思っていて、集客が可能になるということ、また、全体的に、ブリュッセルが親日的なのだ、ということ、それがコンサートを通じてわかることも素晴らしいです。

ある意味、3月11日がなかったら、表には見えて来ない、人々の気持ちではないでしょうか。

大震災3年目の今年、再び3月に帰国する機会が与えられました。
2013年−14年は12ヶ月の間に3回も帰国することになり、20歳以降の私の人生で、一番日本にいた日数が多い12ヶ月にもなります。そのきっかけは、多々の方面から来たものですが、それにしても、3月11日があったから、私の心も変わり、積極的に帰ろうと思うようになったのは確かです。

地震と津波。そのことで、日本全土に与えられたショックと被害は甚大でした。
そして、原発事故の影響。
政治家の皆さんの動きをその後よく注意して見るようになったのも、そのためでした。
けれども、政治家の人たちも、実際に、そのショックと被害の中で、原発事故の処理の責任を求められている。
海外にいる私ですらショックを受けているのに、国内で政治家の役割を担っている人たちも、実は、そんなにタフな人間ではなく、責任を全うする心の準備ができていなかったように見えます。
逆に、そのような責任を全うする為に政治家となった人々はほんの一握りしかいなかったのだ、ということが露呈したのではないか、というふうにも見えます。

ドラマや、スケートの試合を見て、「号泣しました」という感想が飛び交うのを見ていると、ひとは今、他人のことで号泣する必要があるのかもしれない、と思う部分もあります。自分たちはいろいろ大変すぎて泣いていられないので、たまっている涙がどこかで流されるのかもしれません。

ショックの中で、傷ついた心をひきずりつつ、復興をするということ。

そういう状況での、ボランティア活動。

オルガニストが、復興のために、何をボランティアとしてできるのか…と考えていると、日本のオルガニストは既にボランティアとして教会につながっている、という事実を思い起こします。キリスト教会では奉仕が普通なので、極端にいえば、プロのオルガニストもアマとして、存在しています。

ボランティアとは何か。

それは、手伝うべきことがあるところへ、手伝いに行くという、シンプルな現実。

私のように、東北のことを、日本の将来のことを、遠くから祈っています、というのは、当然、「ボランティア活動」ではありません。

ボランティアという言葉には、語源の通り、「やりたいと思うので手伝います」という心がなければ、行っても邪魔になるぐらいの、厳しい労働環境を感じさせます。自分をさしおいて、心身ともに、捧げる部分なしにはできない。

ただ、人生100%を捧げるというのではなく、期間限定で行うもののことだと、私は思っています。

そうでなければ「食べて行けない」という単純な理由もありますが、思うに、ボランティア精神に長けている人たちを見ていると、「ここまで手伝います」という時間の区切り、精神的な整理がついている人ほど、長期間、定期的にボランティア活動を続けていて、その仕事の大きさも積もり積もってたいした仕事量になっています。


個々の努力が個々に認められ、幸せへと昇華する、ということが人生の正しい形。
だから、まず、自分と、自分の家族の面倒を見ることに集中しよう。


という風に、いつのまにか、他人とのつながりをあまり大事にはせずに、それぞれ別々の時間軸を生きていたわたしたちが、「共通のショックと被害」に直面した中で、

全部自分のものだ、と思っていた人生の時間の、どこを共存するために捧げられるか

もとめられているのかもしれません。

それが、私自身、ボランティアに目覚めるための第一歩だと認識しています。

ただ、ボランティアという精神が期間限定だとすれば、東北復興、日本というものの見直し、ひいては世界というもののありかたを考え直すのだという本当の大きな問題について考えたとき、人間が生きて行く中で

ーこれはボランティア。
ーこれは仕事。
ーこれはライフワーク。

と、ばらばらにして、別々の時間として考えるのは複雑でもあり、表面的な在り方でもあり、また成熟した大人のやり方であるのかどうか悩みもします。

本気でなければ、何もうまくいかない、ということが、わかってしまっている大人にとって、部分的に考えて行くことで、この復興の課題、原発のこの先の問題、世界平和の問題、そして地球の問題…に直面していけるのでしょうか?

そうなると、けっきょく個人ひとりの気持ちだけではどうしようもない、と空しい気持ちにもなりますが、わたしというひとりが無力感に苛まれるということは、世界中の人全員もそういう気持ちになる可能性がある、ということを計算に入れたら、いつの日か

世界中が無力感にびっちょびちょにひたってしまうかもしれない

ということでもあります。

再び、非力な、ボランティアにもならない、祈りを重ねつつ、

それだけはいやだ

と今年の3月11日には書きたかった。

という、結論とも言えないひとことを書いて、また日本に出発します!
とても寒いそうですけれど、それでも嬉しい!やっぱり帰れるのは嬉しい〜。
なんだかんだと難しいことを考えていないで、「会いたい人たちに」会いに行くという心を実行できることの幸福を感じます。帰りたくても帰れない事情のある人たちがこんなにいる中で。
家族だけでなく、友人だけでなく、今回は会ったことのないオルガニストの人たちにも会えそうです。


会い、と書いたら、愛、と変換されて、うん、ボランティア、ってやっぱり人と会う事、会いに行くこと、愛を持って会いに行くこと、がまず基本かな〜と、思います。

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音楽…
楽器を娘も頑張っていて、娘のロンドン小旅行はヴァイオリン修行でもあったわけですが、わたしも彼女の伴奏を頑張っていて、毎日たくさんやりたいことが多くてお互い心が離れてしまうことも多い娘と「いやでも一緒になにかやる」機会になっている。わたしが何か頑張っていて、娘は別のことを頑張っている、という人生の中で、今が一番「一緒に頑張る」ものを共有できている、希少な時間なのかもしれないです。音楽は、言うことも言わないことも、雄弁に表現しつつ、太い川の様に、私たちの間に流れている。クラシック音楽は溺れそうになるほどの大河だったりもするので、わたしたちも必死にならざるを得ず、お母さんだから、娘だから、…というところを投げ打つしかない。
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