腕時計

ベルギーの音楽アカデミーは、子供たちが無料で音楽のレッスンを受けることの出来る公立学校です。大人も少しの費用で毎週レッスンを受けられます。しかしそこで教えていた時の悩みは、ふたりで50分という、「セミ・グループレッスン」の方式でした。グループというほどでもないけれど、ふたりで50分なら聴講する時間と弾く時間の半分づつで、より学びが深まる、という考えです(昔は違ったらしいので、実際は予算節減のせいです)。

考えとしては良いのですが、いろいろ違う学校や仕事の生徒たちのレッスン時間割表を作るのが毎年とても難しく、同じレベルの生徒をふたり、同じ時間に来てもらうように調整するのが本当に大変。

そしてなんとかやりくりし、時間割が軌道にのったとしても、ひとり「25分ずつ平等に弾いてもらう」必要があります。そこで、私にとって「こんな短い時間でどうやって曲を網羅して勉強出来るのか…」という悩み以前に、

「今何分やったっけ?!このグループって何時に始まった?今、いったい何時何分???」

という、「時計が読めない」問題が勃発。

最初のレッスンが午後3時からだったとして、3時25分になったら生徒交代。ここまでは大丈夫。しかし3時50分に次のグループが来て最初の生徒が弾き始め、生徒交代が4時15分。4時40分に終了する…。

そのあたりから頭がかなりごちゃごちゃになってきます。

それも、実際のところ、きっちり25分オルガンのベンチに生徒が座り続けていると、全体的に1分、また1分、と、レッスンは当然ずれていきます。靴の履き替えもあります。私が音大でレッスンを受けていた時代にも、自分の時間までにオルガン・シューズを履いてスタンバイし、じかんきっちりにはベンチに座り込む体勢を整えていました。そうしないと前の生徒が「どかないので」自分の時間が減ります。

アカデミーの場合、そこまで生徒のみんなは「ちまちま」考えていないので、「先生、ホラ庭でとれたリンゴですよ〜今年の収穫は…なんたらかんたら」などとお土産をくれつつ、喋りが入る大人の生徒や、シャイでいつも固くなって最初の5分ぐらい巧く弾けない中学生などはあえて「きょう学校どうだった?」などと声をかけるので、ひとり25分のうち、最初の1分と最後の1分は生徒はベンチから降りている状態になります。靴を履きつつ喋り、靴を脱ぎつつ喋る。そのあたり、アカデミーで教え始めて1年目はぜんぜん計算していなかったので、私のレッスンは一日が終了するときには全体から30分もずれていたことがありました。(ゴメンナサイ)

そういう時間調整をするのに、「デジタルの方が1分がきちんと見えるから良いかな?」と思い、携帯電話のデジタル時間表示を利用しようとしたときもありました。しかしこれは失敗に終わりました。時間を見たい瞬間に、携帯が「真っ暗」になっているため(電力エコノミー画面なので)いちいちつけたりする手間もかかるし集中力もそがれるし、ぱっと見たときに「5時27分」と表示されていたとしても、「えーっと、なんのことだっけこれは…」とぼーっとしたりして、全く役に立ちませんでした。

結局、自分は数字を記憶していくということがいまいち弱いらしいと気づき(すでに疑ってはいた)、腕時計の、分針がきっぱりしているもので、秒刻み(分刻み)が目によく見えるものを腕からはずし、オルガンの鍵盤の一番右はじの木の部分に、ベルトの締め方を工夫して、「置き時計化」することで、ビジュアルに開始時間を頭にインプットし、生徒がチェンジするたびに終了時間を図柄として把握する、というのを繰り返すことで、無事に一日を終えられるようになったのです。

今年はレッスンはしていないし、個人レッスンの場合はアカデミーほど厳しい時間環境ではないので、教えるならひとり1時間で、次の生徒は30分後に来る、というような場合も多く、今ではそこまで時計にはこだわらずにすんでいます。

けれどもアカデミー時代の習慣で、腕時計屋さんに行くと秒針の部分にきちんと刻みの入っている時計をチェックするようになってしまいました。今よく使っているFossilというメーカーのは、まず「化石」という店の名前からして好きだったのですが、ベルトと時計が別売りでとても選ぶのが楽しいし、予算の都合で時計だけ買ってベルトは古いのを使ったりもできます。

なによりも分、秒がきっちりくっきりわかる、素晴らしい時計です。


でも腕時計がひとつしかないと、急に止まった時に困るし、服装によっても違うのが欲しいとも思い、夏用に、濡れても平気なSwatchもひとつ買いました。どちらかというと安価で、可愛い色ですよね。分刻みのはっきりしているモデルも豊富にあります。

ところがところが、買うときには全く気がつかなかったのですが、大変なことがひとつあります。

クラシックの演奏会に行く時にしていくと、とんでもないことになるのです。

自分が弾く時は、はずして鞄にしまっているので問題ないのですが、コンサートホールに何か聴きにいき、あの気持ちの良いベルベット張りの椅子に身を沈め、開始時間前に周到に携帯をオフにし、さあ夢の時間を過ごそうか…と、椅子の横についている腕置き(っていうかなんて言うのでしたっけねあれは)、それもホールって横に大勢ならんで座っているわけなので、両方の腕置きをひとりじめはできないので、たいていの人は、左の肘を腕置きに置いていて、私も自分の左の肘を置いて、ほおづえをつきました…そうしたら

かち。かち。かち。かち。

その秒針の、うるさいこと!!

一体なぜ、そこまで大きな音で時間を刻まなければいけないのだ!




スウォッチは、うるさすぎて演奏会を聴くには適していません(ちなみに隣の人も被害を受けます。前の人には聴こえないようですが)。




きょうのブログで言いたかったことはこれだけです。
時計屋さんの回し者ではありません。




でもフォシルは耳を時計にくっつけると、快い小さな音が、ちょうちょの羽ばたきのような音色で聴こえるぐらいの、素晴らしい時計です(2回も言っちゃいました)。そういう利点・特長があったとは、お店の人も知らないかもしれませんが…(日本にもあるみたいですね!)。


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追記。

習慣付け、7日目再チャレンジ…
再び、失敗。
なんて難しいのでしょうか、習慣付け。ここは、嘘は書けないので正直に告白しますが、7時に起きて、7時20分に朝ご飯を娘と食べて、40分にお皿を片付けながらwifiのスイッチを入れ、猫たちにえさをやって、事務部屋に充電してあるラップトップを取りに行って電源を入れる。50分にネットがつながる…そしてメールチェックしていたら8時15分。でも8時半からオルガンの練習なのです。

Ok…朝練は自分ひとりだから、ブログの習慣付けのためにも、まずブログページに入って、次の日の記事の目鼻をつけて、予約セッティングする時間は取ろう、練習は遅刻だ、と決めて、ブログを開けたら…前日の仏語記事の訂正が気になってしまい、結局練習も遅刻、次の日のブログを書く時間も取れず

要するに、習慣づけたいのなら、ほかのことに浮気しては出来ない、ということ。気を散らさずに、「決めたことを決めた時間にする」。難しい〜。あららなんだか今日の「腕時計」のアカデミーの話にもつながってくるような…

ま、今回は、「忘れたわけではない」のだから、少しは進歩している…ということで明日に望みをつなぎたい…。でも自動的に目の覚める5時起きは毎日は極端だよな〜就寝時間もコンサートかあるとだらだら遅くなってコントロール効かないし…目覚まし時計かけるか〜6時半ぐらいに?でもうちの目覚まし時計の音が嫌いなのよ〜もっと良い音の時計で気持ちよく起きたい…と、時計に関してはやはりわがままになってしまうのでした

このブログは練習から帰ったあとで書いたので、またまたこのまま昼ご飯の準備に直行〜かぼちゃのスープとなすのサラダにパン、と昨日決めたメニュー(というかそのほかは冷蔵庫カラッポ)すぐ作ります。

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